創業者 飯田丑蔵が豊多摩郡高井戸村大字下高井戸(国道20号:甲州街道)において、馬車による陸上小運搬業を始める。当時の運搬物には、主に竹材だった。
戦後の急激な変化で、当時は、馬と自動車が混在して甲州街道を走っていたといわれており、この頃、第二創業者の飯田兼平を連れて、馬車で荷物を運んでいた。
創業時に使われていた品物
一般区域貨物自動車運送事業の免許を取得し、三輪自動車3台による運送業『高井戸運送店』を営業開始。
株式会社中村屋様より笹塚工場から都内店舗への運送依頼を受ける。
杉並区高井戸東に用地取得し、高井戸運送株式会社として法人化。車両数20台。
事業拡大により本社、営業所を杉並区下高井戸に用地取得し移転。車両数50台。
神奈川営業所を開設し、 中村屋様神奈川工場から輸送委託を受ける。
所沢営業所を開設し、 埼玉県に進出。車両数70台。
神奈川県綾瀬市に神奈川支店を設置。混載便の拡大を図る。
冷凍冷蔵施設を完備した東京物流センターが完成。車両数100台突破。
西東京物流センター開設。在庫管理から配送までのトータルサービスを提供。
神奈川支店が綾瀬工業団地に移転し、神奈川物流センターに改称。
無事故表彰制度を制定し、安全管理とドライバーの質的向上を図る。
2温度帯(2室式)冷凍車とパワーゲート車を増車し、食材店舗配送の品質向上と輸送能力向上を図る。車両数150台。
3PL事業が経営革新支援法の認定受ける。
グリーン経営認証を受ける。(東京・神奈川・西東京)
安全性優良事業所認定を受ける。(瑞穂)
埼玉県杉戸町に埼玉物流センター竣工。
西東京物流センター倉庫にチルド仕分場を設置。
代表取締役社長の飯田勇一が社団法人 東京都トラック協会杉並支部支部長に就任。
機構改革および業務拡大に伴い、西東京物流センターが武蔵村山市(東京)より瑞穂町(東京)に移転、同時に「瑞穂物流センター」に改称。また、神奈川物流センターを「綾瀬営業所」、埼玉物流センターを「杉戸物流センター」に改称。
全車両、デジタルタコグラフ、ドライブレコーダーを完備。
綾瀬営業所を厚木IC隣接地に移転し、同時に「厚木物流センター」に改称。
相模原物流センター(現・相模原支店 低温物流センター)を開設。
創立60周年を迎える。※一般区域貨物自動車運送事業をはじめて
社名を『TAKAIDO クールフロー株式会社』に改称。
現在のコーポレートロゴを制作。
社歌『笑顔が好きだから』を制作。
第4次社歌ブームもあり、各メディアに取り上げられる。
日本経済新聞社主催:全国社歌コンテストにて、『努力賞』を受賞。
相模原支店 ドライDCを竣工。
安全性優良事業所認定を受ける。(厚木)
第二社歌~テーマソング~『ミライ輝く』を制作。
創業100年を迎える。